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2024/03/01 10:30
ああ、この気持ちはなんなんだろう。
春の宵、まだ寒い家路を急ぎながら、不思議なざわつきを覚えていました。
何かまた、大切なものが、いつの間にかスッといなくなってしまったような。
それは、最寄りの駅の小さな売店の前を通った時に訪れました。
どの駅にも売店を見かけることが多い昨今、
最寄り駅の改札前にもコンパクトな売店がありました。
入り口も小さいし、狭く、品揃えも最低限で華やかでもないのに、
なぜかのぞいたり立ち寄りたくなる売店で、
駅前にコンビニもあるのにわざわざそこで買い物したりしていました。
店主、いつものようにその売店をちらっと横目で見て
パトロールした時に、違和感を感じました。
店先はとても綺麗に整理されて何も悪いところはないのに。
帰り道を歩きながら、この違和感、
なんだか突き放された感じはなんなんだろうと考えて、すぐ気づきました。
店主が住む沿線の売店って、その街のパン屋さんのパンを仕入れて
店頭に置いていたんですよね。
数は少なかったけど、コーナーがあってマフィンやクッキーやパンがありました。
そのコーナーは、クリスマスやお雛様とか、四季折々で、ちょっと変化もあって
毎日、我がまちに帰ってきたなーと思わせるほっこりポイントでした。

それがなくなって、大手会社のパンに全部変わっていて、
とっても綺麗に整然と、並んでいたんです。
大手会社のパンが悪いと言ってるわけではありません。
けど、人の手が入った、有機的な手作りのものがほんの少しあるだけでも
嬉しくなったり、疲れが少し吹っ飛んだりするものなんだなあと
ちょっと驚いたのでした。
多分、もうあの売店には、困った時にしか立ち寄らないだろうな。
だって品数や綺麗さで言えば、駅を出たところのコンビニの方が優秀です。
まあ、駅の売店の在り方としては正しいのかもしれませんけどね。
手作りのものって、やっぱりパワーがある。
そして安心という効能があると思うんですよ。
リラックスや疲れが取れる感じだけを見てもね。
昔、デザイナーの知人が、お部屋全て○印良品のものでキチッとスタイリングした人がいて
本当に一糸乱れぬという感じでした。
それはとっても素敵で、こんなふうにミニマルに暮らせるなんてすごいなと思いましたが
帰りはなんだかとっても疲れちゃったんですよね。
どこかに手作りのものがあったら違ったのかもしれないな、なんてフッと思いだしました。
いくらでも、安くてしょっちゅう換えがきくものってあります。
便利だけれど、目にした時、使った時、自分への愛は多くはない気がします。
意図しなくても、セルフラブができるのが、
手作りの良いところなんじゃないかな、なんて思います。
あの売店、もう近所のパン屋さんのパンは置かないのかなあ。
こんな風に考える私って、やっぱり少数派なのかな?なんて、
ちょっとモヤった春の宵です。
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